円城塔が帯ならば 『インディゴ』クレメンス・J・ゼッツ

円城塔が帯を書いていたジョン・ヴァーリィがめちゃくちゃ良くて(帯文も良い。『ブルー・シャンペン』は傑作すぎるしコロナウィルス流行が始まった時は『残像』みたいな設定が作れないか考えたよね)それから出来るだけ円城帯を読もうとしたものの、

オーストリア文学、挟み込まれる謎の写真、これはゼーバルト(全く読んだことない)みたいな感じ!? 

と思いきや前半はマキューアンやウェルベック的な自意識の人々の会話劇で妙に読みやすい。

当然のような不穏さと、あえてストレートに突きつけてこないような不気味な残酷さ、「どこへ向かうのか・どこへも向かわないのか」のワクワク感があり、後半1/3くらいからの「いよいよ皆何を言ってるかわからない、会話も比較的破綻してる」部分が1番面白い。

(それにしてもぶっ飛んでるゼッツに比べてロベルトの小物感が愛おしく、2人の意識のリンクに関しては、なぜか優しさと安心を感じる…)

 

超頻繁に挟まれるファイルの記述に脱線するゼッツの会話(小話)、後半の「フェレンツ」の語る赤ちゃんポストの話など、この「物語in物語」構造はジーン・ウルフの「ピース」っぽいと言っても良いのでは。(しかし同じ不穏系でも方向性が全然違って、読者を巻き込むゼッツと、登場人物に寄り添うウルフ)

 

しかし、探究心と教養のない読者としては、「フィクションとファクト」仕様(巧妙な虚実ない混ぜ)にはそこまで燃えないし、割とどちらでも良いかなという気持ちです。

『ピース』と同様に、「解釈」まで進むパワーが無いので、「わけわからん物語を読む快感がありました」で終わりで「フェアエンド」を探そうとも思わないのですが、勿体無いというのも多少は感じる。

土星の環』を読むべきか。(たぶん読まない)

ガンダム宇宙世紀編そこそこ観た感想(Vが好き)

あまりアニメを観て来ない人生だったがここに来て経験値を上げた。
とりあえず富野が監督やってればハズレ無し。(特にVガンダム…!!)
以下、年代順にネタバレ感想。



1stガンダム

一番最初に観たガンダムがZだっただめ「皆、ずいぶん良い奴じゃないか!」という驚き。
戦闘シーンばかりでなく、どーでもいい話が入るバランスが観やすい。

アムロの両親との微妙な断絶も良いが、後半の負けまくるシャアは中々丁寧な描写な気がする。
最早シャアよりも強いララァに「(心配だから)ノーマルスーツ着てください」と言われ、
「うむ…ララァがそう言うのなら…」(その後結局着てない)とか味わい深い。

ララァアムロが「通じ合って」ソラリスみたいな場所を見るやつも良い。
ニュータイプ描写はこれくらい抽象的な方が好み。

有名な「あんなの飾りです、偉い人にはそれが分からんのです」
ネットで言葉だけ見た時は「職人肌のメカニックおじいさんの嘆き」的に想像していたが、真逆のノリだった。
しかしノリは軽いが誠実な奴だ。世辞は言わず、しかし素直にシャアを応援する性格の良さ。

あと、やはりジオン。ザク、ドム、ズゴック等のずんぐりMSが可愛い。







Zガンダム

とにかくカミーユインパクト。
とにかくすぐ殴り、そして殴られ「暴力はいけませんよ!」とか言っちゃう激しさで有名なのはもちろん、
感情がたかぶって宇宙空間でヘルメット開けちゃうのも何かわかる。
賢い反抗的な少年なのだが、
「あまりの感情に言葉がついていかない」状態を度々見せてくれるのが魅力的。
長い歴史のガンダムの中で他にカミーユタイプのキャラクターは存在するのだろうか。

しかし周りも結構おかしくて、まさかのクワトロが1番まともなキャラという状態。
いや、クワトロも「これが若さか…」とか、随分とぼけているのですが。
そして「私にどうしろというのだ…」の台詞。素直で情けなくも傲慢な感じがまさにシャア。

レコアさんの行動そこまで理解は出来ないが、この感じはリアルだ! でもシロッコに行くっての無いな。
フォウのサイコガンダムがデカいのはヒロインとの戦闘への抵抗感を無くすためなのだろうか。







ZZガンダム

あのZのラストから微妙なギャグ?路線に切り替わることに驚き。
視聴者の年齢を下げるためとのこと。
ジュドーのメンタル強すぎ明るいキャラはまあ良いとして、チャラくて濃いデザインのギャグみたいな敵達はなんなのだ(キャラさんは良い人)
しかしプルが出てきてくれた!
最初、また面倒なヒロインを入れて来たなと思っていたら、
「誰も私を甘やかしてくれない…!」素直な台詞が刺さるのですが…。
まだ11歳だよ、そりゃそうだ。
そして「私よ、死ねえぇ!!」だものな。

セシリアさんの話もたまらん。やはり選ばれぬ小市民の起こす奇跡ですよ、救いは無いが。
ハマーンさんはシャアの呪縛が解けて良かったのではないでしょうか。







逆襲のシャア

Zだけ視聴後に観たときは「クェスうざいな」の感想しか無かったが、
1stとZZ視聴後に見ると(プル効果?)クェスは普通の子供! そして悲しいぞ!
どうも語りようがないが、ガンダム観てれば面白い内容。
シャアはアクシズにめり込んでるしアムロコクピットにしがみついてガタガタしながら終わるのも、
キャラの死に方としてかなり満足感がある。
「BEYOND THE TIME」も名曲。








F91

やはり民間人がわちゃわちゃ戦争に巻き込まれる話ですよ! そしてシーブックが良い子すぎる。
まわりを振り回し続けるヒロインの「お前は何をしたいんだ」感は、まさに富野のものだ。
富野と言えば、とりあえず赤子を画面に入れてくる主義主張も好き。

バグとか残虐兵器もありつつ、珍しく親と和解したり、人もそこまで死なず、ハッピーエンドで終わっている。
(あのお母さんが戦場を原付で走って野暮ったく転ぶシーンも見所)

しかしバックグラウンドが激しそうな鉄仮面、思いの外サラリと倒されてしまって残念。(ラフレシアのデザインはなんだか笑ってしまった)







0083

ちょっと大友克洋ぽい絵柄。
主人公がちゃんと軍人だったり、色々と良い思いをさせてもらえないあたり、硬派なガンダムを作るぞ! という意気込みを感じる。
途中挟まれる古典いじめやセクハラの学園もの的雰囲気はややかったるいが、後半のスピード感は良い。シーマ様頑張った。

しかしウラキは何一つ勝利も達成も出来ずニナとの約束は根本から反故にされて、もうコロニーと一緒に落ちて行くのでは?と思ったほど。
ニナ、滅茶苦茶やらかしてるけれど、狂気も無いし悪女っていうよりただの甘ったれ?
ガトーは、いまいち格好良さが伝わらない。(小説で色々書かれているのだろうか)
結果、1番印象に残ったのがopの「the winner」と「その女ゲルググで踏めよ!」という視聴者の名言。







Vガンダム

まさか、ファーストやZの他にもこんなに面白いテレビシリーズがあったとは。
万能すぎまともすぎなウッソだけど、さらっとしたモブ感あるキャラデザのおかげか嫌味もない。
というか93年にしてはキャラデザ洗練されている。観やすいぞ!
マーベットさんの声なんか懐かしいのだよなと思っていたら、

islandhakase.hatenablog.com

おお!ジーンダイバーは94年だし近い(Vは当時6歳、観られるチャンスはあったが意味不明だろう)

7話でもうギロチン発動されるスピード感と、とんとん拍子で人が死んでくリズムも良し。
基本闘う→捕まる→脱出の繰り返しではあるのだが、要素の詰め込み方にサービス精神を感じる。

子供に戦争させて良いのか、という直球な問いに答えられず子供に頼りきりのリガ・ミリティアの駄目さも結構愛せる。

しかしシュラク隊および敵陣のウッソへの「ぼうや」呼びと行動はな虐待ぽくてヒヤヒヤするな…いや、虐待つーかルペシノさんは拷問か。
女体をエロというより恐怖する物として出してくるのは流石っす。

シャクティは後半「病気」呼ばわりでしたが、11歳で子育てしちゃってるんだぜ。
カテジナさん(17)がカルル(0)の世話ををシャクティ(11)にさらっと丸投げしてるシーンはちょっと笑ってしまった。

カテジナさんも噂通りナイス。
「男の子のロマンスに、何であたしが付き合わなければならないの!」名言〜〜!
登場人物がちゃんと自分のことを思わせぶりなくわかりやすく言語化してるのが好き。
(あ、でもこの言葉はウッソが幻と踊ってる時のか。いや、ウッソにもわかっている公然のカテジナさんの意見とは思うが)

「親は子を産んで死んでいくものなんです」ほんとうにね〜〜〜!
産むことや繋げることなんてどうでも良くて、あくまで「子供」が大事。
親? 死ぬし越えてくしどうでもいい。って思想相当素晴らしいよな。
子育ての座右の銘にする…。






08小隊

なんとも90年代?な絵柄(あのバンダナ感)!
OVAだけあって作画も良いし戦闘も普通に面白い(宇宙空間よりジャングルの中の戦いの方が、初期ステージ的なワクワク感があってシチュエーションとしては好きかも)のだが、シローとアイナが邪魔になってくる…。
ボーイミーツガールは馬鹿馬鹿しいくらいの方が説得力があるという考えではあるのだが、流石にもうちょっと恋愛要素抑えて欲しかった。
戦場でロマンスってレベルじゃないしガルマもびっくりだよ!
「添い遂げる!」が咄嗟に出てくるシローのセンス凄い。
特徴の無いヒロインも敵も、引きがないなあと思いつつ、最終戦に何かの既視感が。ラピュタだ。
思えばアニメーションの動き感?がジブリっぽい。
恋愛要素も、まあラピュタなら仕方ない。
ガンダムだと思わなければ良いのかも。







UCガンダム

1番苦手だったガンダム
選ばれし姫と金持ちの息子1と金持ちの息子2がセカイ系をやっている。
俺だけしか乗れない最強のガンダムに乗り、マリーダさん(プル!!)1人に可哀想で理不尽な扱いを受ける役を押し付け、さして何かを失わずに目的を達成して「父親ってのはいつも一言足りないものだ(笑)」って。いままでのガンダムが否定してきたものを肯定する流れ?
あと「人の心」「あたたかさ」みたいな台詞、もうちょっと恥ずかしくない受け入れやすい言葉で言ってほしい。
パイロットや乗組員にもさして焦点が当たらず(ジンネマン周辺以外)かなりモブなのも寂しい。

MSはガチャガチャしすぎて兵器感低い。
フル・フロンタルが最後に乗る奴、スーパーファミコン時代のドット絵ラスボス感がある。
絵はきれいだし作品としては完成度高いし人気なのはわかるけどとにかく好みではなかった。







結論

ポケ戦観なければ。あとオリジン観たのに入れ忘れた。
そして∀とイデオンを観たいです。
さらにGレコか。

ロベール・ブレッソン『やさしい女』

結構前に観た。
面白かった、というかしっくり来たというか、好きなタイプだった。コミュニケーションの詳細を地味に映し、それが噛み合わずも、ただなんとなく進み、いずれ取り返しのつかない結果に着地する、そういうのにヒューマンを感じて、あら良いですねえと思う。
ミヒャエルハネケとかがモロにそれなのだが、じわじわした日常の中で突然キレたり泣いたり首切ったり激しい場面を上手い役者が演じるハネケと
素人が大人しく動き棒読みするブレッソンとは演出が逆で、ブレッソンのほうが評価高いと聞くと、それは映画好きな人の間ではそうだろうな。


そしてこれを見てからだいぶ後の一昨日『スリ』を観た。相変わらず抑揚のない動き&主人公の語りで話が進み、もう台詞なのか語り部分なのかよく分からない。
なんか『罪と罰』みたいなかったるい話だなと思ってたら実際それが下敷きだった。*1
しかし着地するところというかジャンヌの存在が都合良すぎてうざいし、そもそもスリと殺人じゃ全然違うじゃん、とか、主人公の理論が何の説得力ももたないし何の引っ掛かりにもならん!とか、
大して重要でなさそうな脚本に対する突っ込みという俗っぽい感想になってしまうが、なぜかつまらないとは思わなくて、めちゃくちゃ眠かったけど観たいという気持ちで最後まで保てた。
何が面白いと思うのかいまいち分からないけど、単に映像が良いにしてもどういいのかとかもうちょっと説得力のある感想を書くためにもう少しいろんなブレッソンを観たい。

*1:ドストエフスキ一冊も読んだことないけどなんで知ってるのだっけと思ったら罪と罰はなぜか大島弓子の漫画で読んだ

忙しくて暇と退屈の

忙しくて、わざわざ買った増補版の『暇と退屈の倫理学』が読めない。読み進められない。国分こういちろうの一人称は俺だった。
この本の編集者はかの有名なレーモンクノーの『文体練習』も担当した人らしい。ほんとか。
装丁は仲條正義、これはほんとだ。
『文体練習』読んでないが、最近まで『文体演習』だと思っていた。演習のほうが格好良いのにと思ったが、もともと格好つけた本だしどっちでも結局読まなそうだ。

アレクセイ・ゲルマン『神々のたそがれ』

感想。
フルスタリョフ、車を』を見たときの驚きはなく、心を揺らされるとか何か自身に大きな影響を与えたりするかと言うとそうでもなく、
というよりやはり、そういう意味の無い凄いさが凄い!、みたいな何とも言えない広がりようがない感想が多いのも納得できる。語るべきことはそんなにないけどとりあえず自分も「凄い」って言っておきたい程度のものを見た。


こんなもんどうやって考えて作り撮影したのか。明らかに金がかかっており、今では失われた技術を使って作られた古代の建築物的な驚きもある。
こんな精度の異世界が全部つくりもので、
あんなに肉がぶら下がり常に泥泥で死体だらけなのに撮影現場が臭くなかったらそれも凄い。実際に臭くても凄いけど。
登場する人が皆何でもくんくん匂い嗅いで判断するのも良かった。
三時間尻は痛いし辛かったが。


見た後は軽く雑念が無くなり、ちょっとグジャラート指数*1が下がって、もっとまっすぐな動物に少しだけ近づけるのではないか。


ハネケやザイドルが好きだが、見るとたぶん嫌な感じにグジャラート指数が上がってしまうので、何か不安やちょっと辛い時はゲルマンを観よう。あんまり辛い時に観てあの世界に引きずりこまれたら本当に地獄だが。

*1:上田岳弘『太陽・惑星』あんまり面白くなかった

アレクセイ・ゲルマン『フルスタリョフ、車を!』

きっともうすぐ『神々のたそがれ』を観に行くが、その前にこれがどうすごかったのかを考えると超単純に映像だ。
ゆるい例えだが子供の頃連れて行かれた美術館で見た何が写ってるのかわからないのに妙に怖くて強烈な印象を残すモノクロ写真的で、それが映像としてずっと続くのだからそれはとてもわかりやすく凄い。ライティングがすげードラスティックと言うのか。


そしてその中で動く人たちも凄い。
自分と、自分の知ってる人間と全然違う。
全く違う秩序で動き、とてつもない強度で生きているようにみえる。


そして主人公がかっこいい。強くて狙われて逃げてボコボコにされて解放されて最後復活しててかっこいい。
いつもならちょっと響いてしまいそうな、かわいそうな脇役の「なんで俺ばっかり!」というかわいそうな叫びもあんまり気にならない。そういう話じゃない。
凄い面白かった。

ジーン・ウルフ『ピース』

こんなIDにしたくせにいまさら読んだ。

前評判は面白いとされつつ、重厚とか難解とか油断ならないとか言われているのでああどうしよう恐いなあと恐れつつ読むも、『ケルベロス〜』よりも、もしかしたら『デス博士』よりも読みやすい。

全体を手堅くまとめる「古き良きアメリカ」と思われるエキゾチックで幻想的(というか時代背景をいまいち把握出来てないのだが)な濃い雰囲気に、なんかやたら鮮やかな情景描写、場面は次々変わり全く停滞が無く読め(人名が出るたびにページを行き来するが)かなり映像的(別に好きな監督でもなく映像化も望まないが絵だけで言うとレオスカラックスのイメージ…)
そこに挟まれるお話、語られるお話、中断されるお話。

なるほどおもしろいおもしろい!
結局自分は「お話」好きなんだよなと思い知る。
でもお話という形はとてもシンプルで紋切り型になるのは仕方ない、入りやすいものほど飽きやすい。
だから技巧とか仕掛けと評されている部分は、あくまで「のめり込む」ためのテクニックであって、すべてはただ「お話」のために書かれているものだと思い面白く読んでいたわけだが、
訳者による解説部分に、この小説における「仕掛けがあると思われる繋がる箇所、何かあると思われる整合性の無い箇所」が提示され「さあ、君も君なりの『ピース』を解釈してみよう!」みたいなものが載っていて、うーーーーーん。

そう言われると確かに何かしら意図されてるような繋がりや台詞はあるが、それは「解釈」しないと駄目?という、「背景に隠された謎とか不可解な点をスルーしつつ、かつとても面白く読んだ人間が抱くストレートな反発心」をストレートに抱いてしまったのだが、
何よりその解説文に例として提示される「解釈」がなんともしょぼい、魅力が無いのが気になる。以下解説の内容が少しネタバレだが、


オールデン・デニス・ウィアが死んでるとか悪魔だとか、それによって今まで読んだものの見方が変わらないと思う。「となりのトトロ」のメイとサツキが死んでる都市伝説くらいどうでも良い。誰かが誰かを殺してることで何かが揺らぐようなお話とか構造ではない(と思う)。
記憶も現実も幻想も混ざるまでもなく整合性は無く適当なものだ。

「意味の無い整合性の無さ」はお話にとってすごく大事だと思っているので(それ事体が面白みだから)読み解こうとする時にその「整合性の無さ」が引っ張り出されるのが何とも嫌だ。
(そしてなにより面白い本を自分のつまらん解釈で小さくまとめるのももったいないからしない!)

内容を全然分かってなくても面白い、というのが小説の素晴らしいところであると思うがしかし私も結局どう面白かったかを全く語れておらず困る。


それにしてもなんで国書刊行会はハードカバーにスピンつけないのだろうか。